歯科予約がイギリスで12ヶ月待ち 接着剤とヤスリの「DIY歯科治療」が問題に

歯科予約がイギリスで12ヶ月待ち 接着剤とヤスリの「DIY歯科治療」が問題に

 

──すぐにでも手を打ちたい、口内のつらいトラブル。しかしイギリスの場合、1年近い辛抱が求められる事態になっている

 

イギリスでは虫歯の治療に12ヶ月待ちを記録する異常事態となっている......

 

パンデミックにより、イギリスの歯科事情は著しく悪化した。英国民保健サービス(NHS)の待機者リストは肥大化し、虫歯の治療に12ヶ月待ちを記録する異常事態となっている。

 

●動画:抜歯や麻酔などの専門知識なくして試みる人々が現れている

 

激しい痛みを抱えたまま1年も待てないとばかりに、自ら対処を試みる人が相次ぐようになった。抜歯や麻酔などの専門知識なくして応急処置を試みる人々が現れ、「DIY治療」の流行だとして問題になっている。

 

英ガーディアン紙は5月30日、『瞬間接着剤と自力の抜歯:イギリスの破れかぶれの「DIY歯科治療」の耐え難い現実』と題する記事を掲載した。「最近はホラーストーリーが豊富にある」と記事は述べ、自らの手で5本の歯を引き抜いた女性の事例などを取り上げている。

 

こうした事例は、経済的に恵まれない人々のあいだでとくに多い。同記事によると、ケンブリッジにほど近いサフォーク州の男性は痛みに耐えかね、市販の瞬間接着剤と金属ヤスリで自己流の治療を決行した。

 

■ 親知らずの治療に2年待ち、平衡感覚にも狂いが

 

イギリスでは光熱費が高騰するなど、生活費の上昇が深刻な問題となっている。そこへ歯の治療費が追い討ちをかけ、正規の治療を諦める人々が続出していることで社会問題となった。

 

ウェールズ地方で美容師として働くケイティ=ルイーズ・ホーウェルズ氏は、親知らずの治療を希望した際、2年待ちだと告げられた。待機のあいだに、虫歯菌は彼女の耳まで侵しはじめた。彼女は英BBCに対し、「顔の片側全体が痛み、口を開けて食べたり飲んだりすることができません。あごが動かず、耳に痛みが出ており、平衡感覚にも影響が出ています」と訴える。

 

また、同じウェールズに住むメラニー・ファッジ=ホートン氏は、家族の暖房費を優先して自分の歯を失った。彼女は夫のマルク氏とともに、精神疾患を患う2人の子供を養っており、自費診療を受けられるほど生活費にゆとりがない。歯の治療に1000ポンド(約16万円)がかかるとわかると、代わりに50ポンド(約8000円)の抜歯を選択した。「家を暖めるのか自分の歯を守るのか、どちらかの選択が必要でした」と彼女は振り返る。

 

■ DIY治療でさらなる悪化も

 

虫歯はごく初期段階のものを除き、基本的に自然治癒は望めない。治療を待機しているあいだにも症状は悪化し、さらに本格的な治療が必要となる悪循環だ。そこでDIYに手を出す人々が多く出ているが、これもまた症状の悪化に拍車をかけかねない。

 

イギリスでは治療キットをネット通販で入手できる。詰め物の応急処置に使う充填剤や、入れ歯の補修用の接着剤、歯垢除去の金属フック(探針)などが販売されている。歯科用品製造の英ブーツ社によると、ロックダウン中、イギリスの家庭の25%がこうした治療キットに頼ったという。

 

だが、専門家らは横行するDIY治療に警鐘を鳴らす。自己流の対応で失敗したり、感染症にかかったりした場合、より長期の治療が必要になる。イギリス歯科医師会のエディー・クローチ会長は英『i』紙に対し、クラウン(歯のかぶせもの)を瞬間強力接着剤で付け直した人を何人も診てきたと語る。「なかには前後逆につけてしまい、あきらかに収まりがおかしくなり、口を閉じられなくなったという人々もみかけます。」

 

■ 不公平な診療報酬、NHSに不信感

 

イギリスではパンデミックを受けて、2020年3月から複数回にわたり大規模なロックダウンを実施した。歯科医はエッセンシャル・ワーカーとして営業を継続することもできたが、それでも一時閉業を決める歯科医院が相次いだことなどで、待機リストの肥大化に至った。

 

輪をかけて障壁となったのが、かねてから議論のあったNHSの診療報酬制度だ。歯科医院がNHSと契約して治療にあたる場合、長時間を要する治療でも報酬が一律料金となるなど、制度上の不公平が生じている。NHSに対して不信感を抱く歯科医も多く、自費診療のみを受け付ける医院が増えるようになった。

 

なお、症状が深刻な患者のため、NHSは緊急予約の制度を用意している。だが、受付枠には限界があり、治療を必要とするすべての人々が即座に診察予約を獲得できるわけではない。

 

■ 歯科医に暴言投げかける患者も

 

NHSの受け入れ医院が減ったことで、さらに他院も受け入れを停止する負の連鎖が起きた。患者の質が悪化しているためだ。歯痛で何ヶ月も満足に眠れていない患者のなかには、歯科医に対して暴言を吐いたり暴力的な態度に出たりする人々もいるという。

 

イギリス歯科協会によると、NHSの対応終了に踏み切った歯科医院の数は、昨年だけで実に2000を超える。この道38年の熟練歯科医は『i』紙に対し、NHSの将来に「いっそう悲観的」になっていると吐露した。

 

イギリス政府は歯科診療費用として、NHSに5000万ポンド(約82億円)の追加予算をすでに投入している。だがイギリス歯科協会は、これでも将来にわたり十分な診療体制を提供するのには十分でないと憂慮している。混乱は今後も尾を引きそうだ。