聴覚不安抱える患者さんに薬の使い方どう伝えれば? 学習教材を開発

聴覚不安抱える患者さんに薬の使い方どう伝えれば? 学習教材を開発

 

 聴覚障害がある患者さんへの服薬指導の方法を教えます――。福岡市南区の第一薬科大の教授が、聴覚障害者への情報の伝え方を学べる医療従事者向けのインターネット学習教材を開発した。きっかけは、薬剤師として30年以上、聴覚に障害がある患者と接してきた中で感じていたこんな疑問だった。「私のコミュニケーション、一方通行じゃない?」

 

 教材は、パソコンやスマートフォンから閲覧や操作ができる「聴覚障がい者への服薬指導学習システム」。第一薬科大薬学部の俵口(ひょうぐち)奈穂美教授(59)が開発し、2月にリリースされた。

 

 教材では、聴覚障害について知る→服薬指導の注意点について知る→手話や筆談などコミュニケーション方法ごとの服薬指導例を知る→学習後評価――と段階を踏んで理解を深める。聴覚障害がある患者に対し、口元を見せて文節ごとに区切って話したり、ジェスチャーやイラストを活用したりするといった基本的な対応を学ぶとともに、日常生活であまり使わない言葉や専門用語の言い換え例などをクイズ形式などで学習する。

 

 開発のきっかけは、俵口教授が薬剤師として現場で働いた時の体験だ。聴覚障害がある患者に薬の説明をした際、相手がうなずいてはいるものの、どこか遠慮しているような印象を持つことがたびたびあった。説明がきちんと理解されているか疑問に感じた。

 

 薬剤師をする傍ら、2014年4月に九州大の社会人博士課程に入り、ハンディキャップを持つ人とのコミュニケーションについて研究を始めた。高齢者施設で聴覚障害者への聞き取り調査なども実施。その結果、障害を持った時期や障害の程度で、必要な対応が異なることが見えてきた。

 

 例えば、先天性の聴覚障害者は、日常あまり使わない言葉や抽象的な表現が理解しにくく、「座薬」を「座って飲む薬」と誤解したり、食事と食事の間の「食間」を「食べている途中」と勘違いしたりすることがあった。俵口教授は「筆談を望む人がいる一方、手話を使うろう者の中には文章が苦手な人もいる。個々に合わせた対応が必要だと分かった」と振り返る。

 

 19年4月に第一薬科大の教授に転身し、これまでの研究で得た知見を生かし、教材を開発することを思い立った。意識したのは「聞こえない人には大きな声で話す」などといった固定観念を打ち消すことだ。障害について正しい知識を持ってもらい、相手に合わせた対応を分かりやすく学べるよう、アニメーション動画を取り入れるなど工夫した。

 

 教材を利用した岩手県釜石市の薬剤師、石田昌玄(しょうげん)さん(48)は「これまでは筆談で伝えようと思っても『引き留めると迷惑をかけるかも』と考えていたが、薬剤師が感じる以上に患者さんが不安を抱えていることが分かった。医療従事者側がしっかりと学ぶ必要があると感じた」と話す。

 

 教材は利用者からの意見などを基に改良を重ねる予定だ。聴覚障害者は加齢性難聴を入れると全国で約2000万人いるとされる。俵口教授は「障害への理解を深め、患者への十分な情報提供や意思疎通の一助になれば」と願う。教材の利用は登録制で、俵口教授のメール(n-hyoguchi@daiichi-cps.ac.jp)で申請を受け付けている。【山口桂子】