「睡眠薬による異常行動」に厚労省が注意喚起、「お酒の失敗」との共通点

「睡眠薬による異常行動」に厚労省が注意喚起、「お酒の失敗」との共通点

 

 

陽気になって大言壮語した

人前で大泣きしてしまった

電車を乗り過ごした

大暴れして警察のご厄介になった

自宅に戻った記憶がない

 

 これらはある企業が酒好きな人を対象に、「お酒による失敗談」についてアンケート調査を行った結果から一部改変して引用したものである。このような飲酒後の問題行動はナゼ起こるのだろうか。そして、睡眠薬の服用後にもある種の異常行動が生じることがあり、両者にはある共通したメカニズムがあるのだ。合わせてご紹介しよう。

 

 アルコールは脳内のGABA-A(ギャバ・エー)受容体と呼ばれるタンパク質に結合して神経細胞に作用する。GABA-A受容体は脳内に広く存在し、睡眠や覚醒、記憶、怒りや恐れ、喜びなどの情動の制御など、広範な脳機能に関わっている。一般的にはアルコールの血中濃度に比例して、抗不安(不安の緩和)作用、筋弛緩作用、催眠作用、健忘作用など脳に及ぼす影響も異なる。

 

 飲酒後にまず現れるのが抗不安作用だ。アルコールは美味しいだけではなく、不安が和らぐのも魅力のひとつだ。冒頭の「陽気になって大言壮語した」りするのはこの抗不安効果のためだ。アルコール依存症に陥る人の多くも、生活上の不安から逃れるために、現実逃避の手段としてアルコールが手放せなくなることが多い。

 

 飲酒によって筋肉の弛緩も生じる。体の緊張がほぐれて、こりや張りも楽になり、心身ともにリラックスした状態となる。ところがさらに酒が進むと千鳥足になって転倒して大けがをすることもある。これは平衡バランスを司る小脳への影響に加えて、大腿筋など下半身の筋肉が弛緩して踏ん張りがきかなくなることが原因である。

 

 不安が和らぎリラックスするだけなら良い酒と言えるのだろうが、時には大盤振る舞い、放言、セクハラ行為など普段ならやらないような事をしでかしてしまうことがある。アルコールによって前頭葉機能が低下するために感情や衝動性が抑えられなくなるためである。これは「脱抑制」と呼ばれ、「人前で大泣き」なども典型的な行動である。通常はこの程度までの酔いであれば翌日覚えていて、布団の中で後悔で頭を抱えることになる。

 

 さらにアルコールの血中濃度が高まると眠気が出てくる(催眠作用)。帰りの「電車を乗り過ごした」くらいなら可愛いものだが、道端で寝込んでしまう酔っぱらいもいる。大人しく寝るならまだしも、脱抑制により興奮状態に陥るともうろう状態(意識障害)のまま「大暴れして警察のご厄介」などの迷惑行為になることもある。そして、これくらいの血中濃度になると「記憶」も失ってしまうことが多い。

 

 

睡眠薬の添付文書(医療者向けの薬剤の解説書)を7月20日に改訂

 飲酒時の記憶が無くなるのはアルコール性健忘、別名ブラックアウトと呼ばれる。ブラックアウトのメカニズムは複雑だが、アルコールのために脳の海馬の機能が抑制されるためと考えられている。

 

 海馬はその日の出来事(短期記憶)をいったん貯蔵し、整理してから長期記憶として大脳皮質に固定する中継点として働いている。アルコールの血中濃度が高まってあれこれやらかしても、海馬機能が低下しているため翌朝覚えていないという事態となる。傍目にはさほど酔っていないように見えても健忘を生じることもある。ちなみに長年にわたり大量飲酒を続けていると海馬が萎縮して酒が抜けても記憶障害が残るようになりアルコール性認知症となる。

 

 このように、飲酒後の問題行動はGABA-A受容体を介した抗不安作用、筋弛緩作用、催眠作用、健忘作用により生じている。実は国内で処方される睡眠薬の8割を占める「ベンゾジアゼピン系睡眠薬」と「非ベンゾジアゼピン系睡眠薬」もまたGABA-A受容体を介して催眠作用を発揮する。従来からこれらの睡眠薬については抗不安作用への依存や、筋弛緩作用による転倒、骨折リスクなどが問題となっていたが、最近、服用後の異常行動について厚生労働省から注意喚起がなされた。

 

 具体的には、2022年7月20日に一部のベンゾジアゼピン系睡眠薬と非ベンゾジアゼピン系睡眠薬について添付文書(医療者向けの薬剤の解説書)の改訂が行われ、「禁忌」の項に「本剤により睡眠随伴症状(夢遊症状等)として異常行動を発現したことがある患者」が追記された。「禁忌」とはその条件に該当する患者には薬剤を投与してはならないという強い警告、レッドカードである。

 

 調査によれば、これら睡眠薬の服用後に、深夜の徘徊、自動車運転事故、興奮、自殺行動などの異常行動が出現したケースが国内外合わせて過去十数年間で数十例あり、一部はその異常行動が原因で死亡している。日本では毎日約500万人が睡眠薬を服用していることを考えると、その発生頻度は高くはないが、報告に上がらない軽症例も少なくないと推測されており、今回の警告に至ったようだ。また、今回調査対象にならず、警告の対象にもならなかった睡眠薬に関しても、作用機序から考えて同様のリスクを否定できない。

 

 禁忌の条件にある「睡眠随伴症状(夢遊症状等)」の語源となった「睡眠時随伴症」とは睡眠中に異常行動が生じる睡眠障害の名称で、代表的な疾患として「目覚めに混乱や絶叫など、大人でも意外と多い「覚醒障害」」の回で紹介した「睡眠時遊行症(夢遊病)」「睡眠時驚愕症(夜驚)」「錯乱性覚醒」などがある。これらは深いノンレム睡眠から生じる睡眠障害である。睡眠薬も睡眠時随伴症のリスクを高めることは臨床研究によって以前から知られていたが、この度、医薬行政の面からも指導が入ったわけである。

 

 一方で、睡眠薬服用後の異常行動の中には、飲酒時に見られるような意識障害(もうろう状態)や脱抑制と健忘など、睡眠時随伴症とは異なる原因で生じている異常行動もかなり含まれていると思われる。「睡眠随伴症状(夢遊症状等)」と症状で記載し、かつ「等」と付けたのは苦肉の策だろう。

 

 考えてみれば、飲酒後の異常行動が繁華街で、自宅で、夜な夜な繰り返されている。「嗜好品」ということで野放しになっているが、ブラックアウトのある方、飲酒後にやらかした経験のある方は、「副作用の多い睡眠薬」を毎晩飲んでいるという認識を持っては如何だろうか(ちなみに私は愛飲家です)。

 

(三島和夫 睡眠専門医)